〔ヨガゆか〕ボスニア旅行日記

皆様おひさしぶりです。昨日のインカレー部には参加できませんでした。。。がヨガインストラクター卵の部員のゆかです。

今回は先日までクロアチア・ボスニア・モンテネグロあたりを旅してきましたので、その中からボスニア・ヘルツゴヴィナのモスタルについて書きたいと思います!!

旧ユーゴの地域は1900年代に紛争が多発した地域で、現在でも紛争の後が残っています。特にボスニアは1992年-1995年の約3年間、第2次世界大戦後最悪の被害と言われる紛争が起こっており、モスタル市街のホテルから中心地に向かうまでに、いくつもの砲撃を受けた痛々しい建物を見ました。

ボスニア紛争については、背景、紛争、被害等とてもsensitiveな内容で、私が語るのは恐れ多いので、ネットで検索して拝見して頂ければと思います。。。で、ここでは主に実際モスタルの街を歩いての風景の写真と感想を書きます。

砲撃を受けた建物を見たときはぞわぞわっとしました。今までいくつかの国を旅してきたけれども、ここまで生々しい戦争の後はあまりみたことがないというか。。まだそんなに昔のことではないんだな、と感じました。

そのまま、紛争のことを忘れないように建物を残してあるのか、これから修復するのか私にはわかりませんが、いくつか被害のあった建物を実際にみることで、現地の方も旅行者もいろいろと感じることががあると思います。

中心街についてびっくりしたのは、クロアチアと全く雰囲気が違う!ということでした。隣国だとけっこう雰囲気が類似する場所が多い印象だったのですが、食事、お土産、建物が全く違います。民族も異なり、宗教も異なるので当たり前かもしれませんが、隣の国で、というか道路をはさんで、イスラム圏、キリスト教圏でこれだけ全く異なることに衝撃でした。

クロアチアがキリスト教圏であり、教会が多くみられたのに対し、モスタルはモスクが多くみられました。

モスタルでコスキ・メフメド・パシャ・モスクの階段を一生懸命のぼり、回廊からみた風景が絶景!!!でした。痛々しい建物のあとや、宗教、民族の対立の後を見て中心街まで歩いてきたのですが、回廊からは川と、山と、イスラム圏のモスクが立ち並ぶ街とキリスト教圏の街を見渡すことができました。

写真に写っているのがモスタルの有名な橋、「スタリ・モスト」です。町がオスマン・トルコ帝国に支配されていた16世紀に建設され、当時は橋の西側にはクロアチア系(カトリック教徒)住民が、東側にはイスラム系の住民が生活をしていました。しかし、紛争の際にこの橋は爆撃されてしまいました。その後、2004年に再建され、平和の象徴として今の姿を留めています。

橋の横には「Don’t forget 1993」と記載された石碑が残っています。

旅行では、きれいな景色、建物をみたり、おいしいものを食べたりすることもとてもいいけども、戦争、紛争の跡地を知ったり、日本とは違う環境で暮らす現地の人々の生活を知ることで、それが他人ごとではないんだなあと感じるのことは、自分にとってはとても大事です。

もともと旧ユーゴも平和であったし、シリアももともとは日本よりもさらに平和な国だったんです。でもあっという間に戦争、紛争が起こってしまうこともあり。。それを知っておくのは大事なことかなあと思うのです。。。

で、ちょっとしんみりしてしまいましたが、モスタルはトルコと食べ物もお土産もとっても似ていました!というかトルコ?と思うくらいでした。

食べ物はケバブも売っていたしボスニアコーヒーはほぼトルココーヒーでした!トルココーヒーは小さい鍋(ジェズベ)に細かく挽いたコーヒーを入れて、煮立てて、コーヒーの粉が鍋の底に沈むのを待ってから上澄みをカップにうつして飲みます。これがなかなか難しい、、、コーヒーの粉がカップに入ってしまいます。。でもおいしかったです!ご飯も大量でとってもおいしく頂きました!

食べ過ぎたのでご飯の後はホテルでヨガ。。。

今回はボスニアはモスタルしか行かなかったのですが、サラエボや他の地域もいつか行ってみたい!と興味を持った国でした。

それではご覧頂きありがとうございました!次こそはヨガのおはなしを。。。